トラウマとPTSDは同じ意味ではありません。「トラウマ」は、出来事やその心理的影響を広く指す場合がある言葉です。PTSDに該当するかは、一定の出来事への曝露、特徴的な症状の組合せ、持続期間、苦痛や生活上の支障などを評価して判断します。体験の深刻さと、分類基準への該当の有無を一つの尺度で順位づけるものではありません。[1]
出来事・反応・分類上の判断を分ける
学術的な説明では、何を経験したか、その後にどんな反応があるか、その反応が分類基準を満たすかという三つの水準を区別します。日常語の「トラウマになった」が、分類上のPTSDを意味するとは限りません。一方、PTSDに該当しなければ苦痛が軽い、支援が不要とも言えません。
生命の危険、重大なけが、性暴力などに関する出来事は、PTSDで評価する曝露に関わります。直接体験だけでなく目撃などの経路もありますが、全ての不快な体験を同じ分類基準でいう曝露として扱うわけではありません。出来事の要件は、体験の価値や苦痛を認める資格を決めるものではなく、分類体系を運用するための条件です。[1]
臨床では、本人が使う言葉を尊重しつつ、研究や分類上の判断を説明する際にはどの定義を使うかを明らかにします。「トラウマ」という言葉を使うこと自体から、特定の状態像や症状、支援の必要性を推測して確定することは避けます。
PTSDの症状と分類上の条件
DSM-5のPTSDでは、侵入症状、回避、認知と気分の陰性の変化、覚醒と反応性の変化という症状群を評価します。望まない記憶や悪夢、体験を思い出させる手がかりの回避、自責や関心の低下、警戒や睡眠の問題などは、理解のための例です。単独の症状だけで分類上の判断が決まるものではありません。[1]
同じ不眠や集中困難は、別の精神症状、身体疾患、生活状況でも起こります。症状と体験の関係、期間、重症度、生活機能、他の説明を含めて確認します。DSM-5では症状が1か月を超えて続くことも条件ですが、「1か月つらければPTSD」「1か月は相談を待つ」という意味ではありません。
分類基準への該当を確かめる評価と、支援開始の判断を分けることが重要です。体験直後でも大きな苦痛や生活上の支障、現在の危険があれば援助が必要です。分類上の判断が定まるのを待つことが、支援を提供する条件ではありません。
体験後の反応は一様ではない
体験の後に強い反応が生じても、その経過には違いがあります。自然に軽くなる場合も、持続・悪化する場合も、後から困難が目立つ場合もあります。多くの人が体験後に精神疾患を発症しないことと、一定の人に専門的な支援が必要であることは両立します。[1]
「普通は回復するから待てばよい」と一括して説明すると、持続する苦痛が見落とされます。反対に、出来事を経験した人全員を障害があると扱うと、本人が持つ対処や支えを損なう可能性があります。時点と個人の経過を確認し、支援の必要性を更新します。
一つの体験名から予後は決まりません。過去の体験、支援者、継続する危険、身体の状態、社会環境などが異なります。原因を本人の弱さだけへ帰す説明や、反応が少ないことを体験が軽かった証拠とする判断は適切ではありません。
DSM-5とICD-11、複雑性PTSD
PTSDは分類体系によって構成が異なります。ICD-11では、現在起きているかのような再体験、回避、現在の脅威感という中核症状群を中心に整理します。DSM-5の四つの症状群を、そのままICD-11の項目や判定へ置き換えることはできません。用いる分類と評価尺度を合わせて説明する必要があります。[2][3]
ICD-11の複雑性PTSDは、PTSD症状に加えて、感情調整、否定的な自己概念、関係の持続的な困難という自己組織化の障害を含む分類です。反復する対人暴力などの体験が多くみられますが、出来事の回数や長さだけで分類上の判断が決まるものではありません。「重いPTSD」「複数のトラウマ」の単なる言い換えではありません。[2]
分類概念の違いは、本人の苦痛が本物かどうかを競うためではありません。どの症状と機能を評価し、どんな支援が必要かを明確にするための区別です。分類の違いを伝えず、異なる尺度の得点や有病率をそのまま比較しないことも必要です。
質問紙と分類上の判断をどう区別するか
症状を尋ねる質問紙は、スクリーニングや経過把握に役立つ場合があります。ただし、どの分類体系に対応し、どの集団で妥当性が検討されたかを確認する必要があります。例えばITQは、ICD-11のPTSDと複雑性PTSDに対応して開発された自己報告尺度です。DSM-5の尺度と目的や構成が同じではありません。[3]
尺度の基準点を超えたことだけで、他の原因、現在の安全、体験との関連を十分に評価したことにはなりません。本人が選んだ回答と、面接で把握される意味や背景を合わせて理解します。本稿では、著作権のある質問項目や、自己判断のための判定表は掲載していません。
専門家には、分類基準への該当、症状の重症度、生活機能を分けて説明することが求められます。分類基準を満たさなくなっても支援が必要な場合があり、得点の変化だけで全ての回復を判断できるわけではありません。
状態像の整理が済む前から相談できる
相談では、出来事の詳細を最初から全て語る必要はありません。「眠れない」「特定の場面を避ける」「その話題になると苦しくなる」と、現在の困りごとから共有できます。医療機関では医学的判断や他の病気を含む評価を、心理支援では困難の理解と必要な支援の検討を行います。
今も暴力などの危険がある、自分や他者の安全を保ちにくい場合は、通常の面談を待つより、必要な保護や緊急の医療を含む援助を求めてください。PTSDの心理療法を選ぶときでは、アセスメント・安全・希望を踏まえた選択を整理しています。
参考文献
- Bisson JI, Cosgrove S, Lewis C, et al. (2015). Post-traumatic stress disorder. BMJ, 351, h6161. 論文・書誌情報(DOI: 10.1136/bmj.h6161)
- Maercker A, Cloitre M, Bachem R, et al. (2022). Complex post-traumatic stress disorder. The Lancet, 400(10345), 60–72. 論文・書誌情報(DOI: 10.1016/S0140-6736(22)00821-2)
- Cloitre M, Shevlin M, Brewin CR, et al. (2018). The International Trauma Questionnaire: development of a self-report measure of ICD-11 PTSD and complex PTSD. Acta Psychiatrica Scandinavica, 138(6), 536–546. 論文・書誌情報(DOI: 10.1111/acps.12956)
記事のつくり方
記事に関連する資料や更新日を確認できます。情報源の選び方や訂正の扱いは、記事のつくり方にまとめています。
このコラムについて
ここで紹介する内容は、暮らしの中で気になっていることを考えるための一般的な情報です。今の状況に合わないと感じる部分は、使わなくてもかまいません。ご本人や周囲の安全に差し迫った心配があるときは、緊急の連絡先や地域の相談窓口を利用できます。
