EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)とは

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)は、トラウマ記憶に関連する苦痛、認知、身体反応などを、評価と準備を含む構造化された介入の中で扱う心理療法です。成人PTSDへの有効性に関する研究と、眼球運動がどのように働くかという作用機序の研究は、分けて読む必要があります。目を左右に動かす行為だけをモデル全体と見なすことはできません。[1][2]

モデル全体と眼球運動という成分

EMDRでは、現在の困難と体験の関係を評価し、介入の説明と準備を行い、対象となる記憶やそれに伴う自己評価、感情、身体感覚へ焦点を当てます。記憶に注意を向けながら眼球運動などの課題を用いることが特徴ですが、評価、協働関係、経過の確認なども介入の一部です。

「詳しい体験を長く語らなくても行える」という説明は、「記憶に触れずに不快感も生じない」という意味ではありません。記憶への注意は介入の中心にあり、本人の理解と同意、負担のモニタリングが必要です。刺激の動画やアプリだけでは、研究された多成分の心理療法を再現したことにはなりません。

成人PTSDに対する比較研究

Wrightらの2024年の個人データメタ解析は、適格な15件の無作為化比較試験のうち、個人データを利用できた8件・346人を統合しました。成人PTSDに対する介入後(post-treatment)の症状重症度、介入反応、寛解と、介入からの脱落について、EMDRと他の心理療法の間に統計的に有意な差は検出されませんでした。比較療法にはトラウマ焦点CBT以外の方法も含まれます。[1]

この結果を「全ての療法と完全に同等」と表現するのは不正確です。有意差が検出されないことは、臨床的に重要な差が存在しないと証明することとは異なります。また、個人データが得られた試験だけが統合され、比較条件も異なります。どの人に適するかという問いには、試験対象、本人の希望、セラピストの技能、生活上の条件が関わります。

個人データを用いる解析は、集計値では扱いにくい研究協力者ごとの要因を検討できる利点があります。一方、少数の試験から得られる修飾因子の知見は、単独で個人の支援方法の選択を決定する規則にはなりません。「この属性なら必ずEMDR」という適応表へ変換しないことが重要です。

眼球運動の効果と作用機序を読む

LeeとCuijpersの2013年のメタ解析は、眼球運動あり・なしを比較した介入研究と、記憶を用いた実験室研究を区別して検討しました。眼球運動を加える効果を示唆しましたが、臨床群以外の研究協力者を含む研究や主観的な苦痛・鮮明さを測る研究もあり、これらをPTSDの長期寛解と同一視できません。[2]

作用機序には、記憶を保持しながら別の課題を行う作業記憶への負荷などの仮説があります。Landin-Romeroらの系統的レビューは、心理・生理・神経学的な説明を検討していますが、知見は一様でなく、複数の介入成分をどのように分けるかという問題が残ります。[3]

したがって、「左右の脳が統合される」「記憶が消去される」「記憶の再固定化が回復をもたらす」といった説明を、EMDRで確定した機序として語るべきではありません。臨床的な改善の証拠と、生物学的な説明のもっともらしさは別の種類の根拠です。理論は理解を助けますが、有効性の証明に置き換えることはできません。

適応評価で確認すること

支援方法を考える際には、PTSD症状と生活機能、解離の様相、睡眠、併存する症状、現在の危険、これまでの介入への反応を評価します。医学的な分類名だけで適応を決めるのでも、過去の体験があるというだけでEMDRを必要と判断するのでもありません。安全を確保する援助と、記憶を心理療法の中で扱うことの役割を整理します。

準備に必要な期間は個別に判断されます。十分な説明や負担への対応を省いて記憶に進むことは適切ではありませんが、準備を行えば全員が同じ経過をとるわけでもありません。いつ何を目指して次の段階へ進むか、本人と共有できる目標を置き、症状と生活上の変化に基づいて調整します。

研究で対象外だった状態は、「永久に受けられない」という意味ではなく、その研究だけでは安全性や有効性を判断できない範囲です。急性の危険や重い不安定さがある場合には、まず必要な医療・保護・危機対応を含む支援体制を検討します。

経過のモニタリングと選択の共有

評価は、その場で記憶のつらさが低下したかだけに限定しません。悪夢、回避、警戒、自己評価、仕事や対人生活がどう変化したか、面接後の反応や負担を合わせて確認します。主観的苦痛は重要な情報ですが、一つの得点をゼロにすることと、生活が回復することは別です。

セラピストには、EMDRの訓練だけでなく、PTSDと併存症の評価、増悪や解離への対応、介入の継続・変更を検討する技能が求められます。相談先を探す際は、担当者の訓練、実施内容、面接外の連絡や危機時の方針、経過評価について確認してください。

本稿はEMDRの提供をALVARAが保証する案内ではありません。PTSDの心理療法を選ぶときでは、CPT、PE、WETなどについて、介入の焦点と実際の取り組みを比較しています。

参考文献

  1. Wright SL, Karyotaki E, Cuijpers P, et al. (2024). EMDR v. other psychological therapies for PTSD: a systematic review and individual participant data meta-analysis. Psychological Medicine, 54(8), 1580–1588. 論文・書誌情報(DOI: 10.1017/S0033291723003446)
  2. Lee CW, Cuijpers P. (2013). A meta-analysis of the contribution of eye movements in processing emotional memories. Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry, 44(2), 231–239. 論文・書誌情報(DOI: 10.1016/j.jbtep.2012.11.001)
  3. Landin-Romero R, Moreno-Alcazar A, Pagani M, Amann BL. (2018). How Does Eye Movement Desensitization and Reprocessing Therapy Work? A Systematic Review on Suggested Mechanisms of Action. Frontiers in Psychology, 9, 1395. 論文・書誌情報(DOI: 10.3389/fpsyg.2018.01395)

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このコラムを書いた人

齋藤 光公認心理師・臨床心理士

ALVARA Counseling Services代表。公認心理師・臨床心理士として相談に携わり、日々の暮らしや人との関わりを考えるための情報を執筆しています。

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